朝の角砂糖が雲の隅でうたた寝しているあいだ、靴ひもは会議を開き、左右どちらが今日の一歩目にふさわしいかを議論した。結果は保留、という札が風鈴の音に貼られて、蝉のメトロノームがそれを読み上げる。冷蔵庫の奥で遅刻した月曜日が丸められ、輪ゴムの哲学に静かに謝罪する。私は机の端に座る影法師と握手をして、予定表の白地図に波紋のスタンプを押した。インクは透明、けれど指先は確かに濡れる。
交差点では黄身と白身が別々の方向へ渡っていき、途中で出会ったスプーンがどちらの夢をすくうべきか迷っている。郵便受けには未投函の返事が山になり、差出人は誰もいないのに宛名だけがこちらを見て瞬きをする。階段は上りながら下りる方法を募集しており、応募用紙は風のポケットから取り出すらしい。
午後三時の影は背伸びをして、天井に吊るした地平線をそっと撫でる。鉛筆はまだ名前を決めかねていて、仮の称号として「斜めの棒さん」と呼ばれている。水差しが持つ沈黙の温度は、失われた午後の会話にぴったりで、コップはその温度を耳で聞く練習をしている。
夕方、電柱は古びた電報の真似をして、通り過ぎる風に点と線を配る。窓ガラスの向こうでは、畳まれた雨が静かに発芽し、ベランダの手すりに薄い湖をつくった。さっき保留になった一歩目は、ひとりで靴箱の迷路を抜け、笑い皺の付箋を踵に貼って戻ってくる。
夜になると、天井の無音が毛布を編み、枕の中では四角い羊が角の数だけ遠回りをする。目を閉じれば、しまい忘れた昼の気配が引き出しの奥で小さなくしゃみをし、その音に気づいた夢が、まだ見ぬ朝の取扱説明書を探しはじめる。鍵のかからない鍵穴は、誰のものでもない戸口を守りながら、今日と明日の間に薄い切手を貼った。
真夜中の台所では、時間の端っこが鍋つかみの形に冷えていて、トースターの夢見心地がパンくずに地図を描く。猫背のカーテンは星明かりの宿題を丸めて、明日へ提出するための見えないホチキスで留めた。冷めきらない無音が部屋の角で正座をし、秒針が遅刻届を書こうとしてインクのない万年筆を借りにくる。外では、踏切の記憶が線路の上に薄く積もり、通り過ぎる列車がそれをやさしく撫でていく。
枕元の空白は、まだ誰にも読まれていない文の形をしていて、ため息だけがその余白を上手に折りたたむ。やがて、見えない合図が部屋を一周し、すべての取っ手が静かにうなずいた。